Jalan Jalan

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JalanJalanの撮ったアジア

重なり合う週末

ハルキが日本人学校入学、ゲンキが4歳の誕生日、我が家が引っ越し、と今週末はイベントが重なってそれぞれがそれぞれのお世話で手一杯という状況。日本人学校は早速登校初日(26日)からリモート授業になり、学校から生徒一人一人にタブレットが配布されるらしい。ハルのクラスは「1年15組」流石に世界一でかい日本人学校だけあるね。15組って。。それにしてもクラスの友達とも会えず、桜をバックにした校庭で近所の写真屋さんが黒い布に頭を入れて集合写真を撮るってのももう遠い昔のことになっちまうのかね。。 オイラの方は明日から同居メンバーが変わる。現在のカミさんとカブの他に息子の遥と飼い猫のモチが増える。犬と猫の同居っていうのも生まれて初めての体験だ。みんな仲良くやってくれるだろうか。 さて、今日は夜遅くまで残っている食器や衣類などの段ボール詰めをすることになりそう。明朝は9時から業者がやってきてスタートです!

チャイナリスク

ウチの親父は90歳で、すでにビジネスからは引退しているが、ほんの数年前まで自分の貿易会社で中国、マレーシア、オーストラリア、ギリシャなどから製品を輸入する貿易商を営んでいた。 定年前に独立して貿易会社を始めるまでは繊維系の専門商社や百貨店のバイヤーとして香港や北京、上海に長く駐在していた。実家の本棚にはありとあらゆる中国と香港の書籍が並んでいて中国とのビジネスではテレビで解説したりするほどだった。自分の人生のほぼ全てで中国と香港に関わってきた人である。 そして中国に騙され続けてきた人でもある。 どんなに現地に通って、現場の中国人たちと関係を築いて、時間をかけて商談をし、商品を確認して発注しても、東京港に届いた品物は偽物だったり、腐っていたりした。 「まだあと50年は中国と本当の意味で仕事ができるようにはならないだろう」 現役時代の親父の口癖だが、あれからもう50年近く経っている。それを目の前で見聞きしてきたオイラは自分が独立しても中国とのビジネスには極めて慎重でいる。少なくとも自分の判断で中国に拠点を出すことはしない。 ここしばらく急速に中国の脅威が増し、米中対立も先鋭化している。中国の拠点で開発業務を行なっていたLINEが、「ユーザー情報が中国内で閲覧できる状況だった」として日本国内で大変なバッシングにあっている。 その余波もあって中国の拠点や提携会社を持つ日本の会社は現地開発ができにくい事態に陥っている。そしてチャイナリクスの受け皿は東南アジア。これを歴史上、なんどもなんども繰り返している。 リソースも豊富で人口も世界一。魅力的な市場としてついつい進出したくなるが、それはそれは難しい市場なのだ。

ギャン泣き部長の授業

仕事では多大な成果を出しているギャン泣き部長は、コロナで急遽通園できなくなった幼稚園の、初めてのオンライン授業を受けた。 コロナ状況下での事業方針策定や収益計算などやらなければいけないことは山ほどあるが、幼稚園の先生の言うことは聞かなければならないのが部長のツライところである。

財布を忘れて

朝ウォーキングの帰り道、食材の買い出しで市場に寄ったカミさんは支払いの際に財布を忘れたことに気付いた。運よく野菜売り場のおばちゃんは顔見知りだったので「あとで大丈夫よ」「すみません。あとで旦那が出勤の時に持ってきます」ということでおばちゃんに立て替えてもらう。 市場の外で待っていたオイラに「また財布忘れちゃった。でもお金払う時まで思い出さなくてよかった!」と言う。「なんで?」と尋ねると「だってウォーキングの途中で気付いたらそのまま市場には行けないからまた家まで戻ったりして大変だったもん。あ〜よかった」 どんだけ解釈がポジティブやねん。。

7月のイベント

始業時間は9時だけど、正月明け仕事始めの打合せは8時半だった。マレーシアのクライアントだからもちろんそんなことは知らない。マレーシアイングリッシュでのブリーフィングについていくだけでいつもより集中して耳を傾けなければならなかった。 クライアントは7月頭に開催されるマレーシアのモーターショーにスポンサーとして参加する。これを盛り上げるためのオンラインキャンペーンを企画提案して欲しいというリクエストだった。 7月頭に数万人を集めるイベントが開催されるのか?という懸念は全員の頭にはあるがとにかく準備を始めるしかない。結局去年はこのクライアントで予定していたイベントは、2月以降全てキャンセルになった。今年もここまで何もなく、すっかり滞ってしまっているマーケティング活動も後半に望みをかけたいというクライアントの意気込みが伝わってくる。 バンコクも昨日からまた行動制限が厳しくなり、学校や幼稚園は閉鎖。ソフトボールなどの団体競技も禁止。パブやバーはもとより、レストランでも店内での飲酒は禁止になった。 来週から日本人小学校入学の春貴はいったいどんな小学生生活のスタートになるのだろう。幼稚園に通園できない今日は、自宅で幼稚園が実施するオンライン授業があるらしい。

新年おめでとう

昨日の昼にプロンポンのヒルトンにチェックインした。そんなにいつもと変わらない時間をだらだらと過ごすんだけど、ちょっとカブが気になって見守りカメラをちょいちょい確認する。「あ、寝てる」「あ、遥と遊んでる」と、まあ、それなら家にいろって話である。 チャックアウトを済ませて自宅までのタクシーに乗ると、信号待ちで運転手がため息をつきながら 「今日はもう5時間も走り回っているのに売上はこれだけさ」 と70バーツ(240円)をひらひらさせた。観光客も人っ子一人いないのだからいつものソンクランとはほど遠い。ようやく乗せた我々もせいぜい50バーツ(180円)。BTSの駅で言えば一駅。歩いて帰れるほど近いホテルに宿泊していたのだ。 タイ正月も休まず頑張っているのに大変だな、とカミさんと話し、100バーツを渡して 「ハッピーソンクラン」 と言うと、 「おお、新年おめでとう」 と笑顔になった。

トイレチャレンジ

4月12日 9/114月13日 9/114月14日 9/11 これはなんの数字かと言うと、この3日間のカブのおトイレ成功率だよ。睡眠時間も含めて1日11回催して、9回トイレシートで用を足し、2回粗相しました、ということね。 しかもこれをこちらが知らないうちに済ませていてはダメで、3秒以内に「エラかったね〜〜」とオヤツをあげながら褒めちぎらないといけないというので1日中その動向に目が離せないのだ。早くこのルーティンから解放されたい。 さて、この数日で本やCD、小物などオイラ自身の持ち物はだいたい段ボールに梱包し終わった。洋服なんかほとんど持ってないしね。クライアントオフィスでの打合せでも、もはやスーツどころかジャケットすら着ていかないしね。 たまにはネクタイでもして会社行ってみようかな。みんな絶対驚くよな。

ソンクランの儀式

昨日はソンクラン初日だったので、バンコクに住む甥っ子がタイ人の彼女を連れて遊びに来た。タイの伝統的風習に則って彼女が「お浄め」の儀式をしてくれた。 お浄めをした後の綺麗な器に入った水は聖水のように今後数日かけて部屋内で指につけてピッピっと飛沫を飛ばし、今後の健康や繁盛を祈る・・・ ことになっていたのだが、 儀式終了後にカミさんが流しにジャーと全部捨ててしまい、タイ人の彼女が慌ててしまう、という一幕も。 ということで、何事においてもガサツな山森家なのである。

亀仙人の走る公園

今日はオフィスに出てきたけど4人しかいない。タイ人には珍しい休みも仕事をしたい人が2人。有給の取りすぎで休めない人が2人。結果は同じでもその理由が全く違う(笑)。 オイラも今日はマレーシアスタッフとの打ち合わせがあるので出勤。午後の打ち合わせが終わったら帰ろうと思っている。そして明日がタイの正月。 話はコロリと変わるけど、毎朝ウォーキングしているベンチャキティ公園でジョギングしてる人の中に「亀仙人」と呼んでいるおっちゃんがいる。亀仙人はこれね。 そいで、ベンチャキティ公園の亀仙人が サングラスも赤フレームなのは、この欧米人のおっちゃん、ちゃんとドラゴンボールを知っていて亀仙人に寄せてきているんじゃなかろうかと。カミさんは、「聞いてみろ」というのだがジョギング中に呼び止めて「お前、亀仙人知っとんのか?」と尋ねる勇気がない。 バンコクの亀仙人、何をやってる人なんだろう?

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